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2020年一級建築士試験 「設計製図の試験」の課題の講評!高齢者介護施設

(注1)
・居宅サービスを行う施設及び居住施設で構成する建築物の計画とする。
(注2)
・「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」に規定する特別特定建築物の計画とする。
(注3)
・建築基準法令に適合した建築物の計画(建蔽率、容積率、高さの制限、延焼のおそれのある部分、防火区画、避難施設 等)とする。

建築物の計画に当たっての留意事項

  • 敷地の周辺環境に配慮して計画する。
  • バリアフリー、省エネルギー、セキュリティ等に配慮して計画する。
  • 各要求室を適切にゾーニングし、明快な動線計画とする。
  • 建築物全体が、構造耐力上、安全であるとともに、経済性に配慮して計画する。
  • 構造種別に応じた架構形式及びスパン割りを適切に計画するとともに、適切な断面寸法の部材を計画する。
  • 空気調和設備、給排水衛生設備、電気設備、昇降機設備等を適切に計画する。

注意事項

「試験問題」及び上記の「建築物の計画に当たっての留意事項」を十分に理解したうえで、「設計製図の試験」に臨むようにして下さい。 なお、建築基準法令や要求図書、主要な要求室等の計画等の設計与条件に対して解答内容が不十分な場合には、「設計条件・要求図面等に対する重大な不適合」等と判断されます。

(1)本課題の背景について

近年は、社会事象とかかわりの深い問題が設計製図試験の課題として取り上げられることが多くなってきましたが、特に喫緊の問題ともいえる少子高齢化に係わる課題も多く設計製図試験の課題として出題されるようになってきました。 高齢化に係わる近年の類似課題としては以下のような課題がみられます。

平成29年「市街地に建つサービス付き高齢者向け集合住宅」
平成23年「介護老人保健施設(通所リハビリテーションのある地上5階建ての施設)」
平成11年「高齢者施設を併設した集合住宅」

特に近年の技術の進歩、社会事象の変化に係わる出題の重視が明記された平成21年の一級建築士試験の内容の見直し以降の10年間に本年度の課題も含め、高齢化に係わる課題が3課題出題されたことになります。

(2)本課題の意味・内容について

本課題の「高齢者介護施設」は、特に法律で定められた施設の名称ではなく、様々な施設の総称であるため、対象となる施設は極めて広範囲にわたることになります。 以下に「高齢者介護施設」に含まれる施設について、本会一級建築士学科講座テキスト(本会編集・地人書館刊)より参考のために一部記述を引用します。

高齢者施設

盲学校、聾唖学校、養護施設などハンディキャップのある人たちのための施設は戦前からあったが、高齢者施設が制度的に整備されるのは近年のことである。

以前は高齢者の介護は家庭内で行われ、病気になった時のみ外部化された。しかし医学の進歩による余命の延長と核家族化で家庭内介護が困難になり、社会化され、新たに高齢者や介護の市場が生まれた。しかし、今でも自宅復帰は多くの人が望むところで、施設介護においてもそれが大きな目標である。

高齢者行政も時間が経つにつれ、公共財源の問題や担い手側(行政)と受け手側(被介護者)のずれが指摘されるようになり、「ご近所」社会での相互扶助や受け手自身のセルフエイドの重要性が指摘されている。以下に列挙する施設名は互いに類似し、問題の複雑さを示している。

[A]介護保険の適用されないもの

(a) 有料老人ホーム
費用は全額個人負担で分譲マンションに近い形

(b) 軽費老人ホームA型
60歳以上。給食、費用は収入で異なり、自費負担。

(c) 軽費老人ホームB型
60歳以上。自炊、軽微な利用料と生活費。

(d) 養護老人ホーム
65歳以上。経済及び身体的理由で在宅介護のできない人。

(e) ケア・ハウス(軽費老人ホームC型)
60歳以上。食事付き高齢者向きマンション。料金は年収により異なる。寝たきりになると退去。

(f) 小規模多機能型居宅介護事業所
在宅の高齢者が要介護状態になっても住み慣れた地域で生活できることを目的として、随時の通所や宿泊を組み合わせた介護サービス施設。

(g) シルバーハウジング
自立して高齢者が生活できるような設備に整えた公営住宅。

[B]介護保険の適用されるもの

(a) 介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)
65歳以上。在宅介護が不可能な人。常時治療を受ける人を除く。多少の施設費と生活費は自己負担。

(b) グループホーム(認知症高齢者グループホーム)
認知症高齢者5~9人がスタッフと共同生活する。

(c) 介護老人保健施設
在宅復帰を前提に3か月を目処にリハビリを行う。

(d) 短期入所生活介護(ショートステイ)
介護者が介護できなくなった時に短期間預かる。生活費は自己負担。

(e) 短期入所療養介護(ショートステイ)
介護者が介護できなくなった時、2週間を目処に医療を含む介護をする。多少の施設費と生活費は自己負担。

(f) 老人デイサービスセンター
要支援・介護の老人を午前中から夕方まで預かり、入浴、食事、リハビリ、レクリエーションを行う施設。費用の一部は自己負担。

(g) 高齢者生活福祉センター
過疎地などの65歳以上で独立生活の不安のある老人や夫婦を介護し、十院との交流を行う施設。多少の施設費と生活費は自己負担。

[C]医療施設に属するもの

介護療養型医療施設:常時医学的管理が必要な要介護者のための治療機能を持った施設。

[D]担い手側の施設

(a) 訪問看護ステーション
看護士が寝たきり老人などを訪問し、看護サービスを行う。

(b) 在宅介護支援センター
介助者の介護相談に応じる。 各自治体の担当部門と地域の民生委員が担い手側の責任を持つが、うまく動いている例では、「ご近所」(500m程の範囲)での受け手側の自助組織の重要性が指摘されている。要介護者が日常の付き合いの中で、目を配りあうこと。要介護者が他人の面倒を見ることで、自尊心と生き甲斐を見出し、これが健康に繋がる。

[E]施設基準

自分で車椅子で動ける高齢者に対する建築各部分の寸法に注意する。特に、特別養護老人ホームなどで、車椅子で移動する能力に個人差があり、あちこちで動けなくなるので、廊下幅は3m以上欲しい。浴室前など待ち時間に車椅子が渋滞する部分はさらに広げる。また、認知症老人の場合の監視が重要であるが、徘徊性認知症の回遊通路なども欲しい。

二階以上にはエレベーターは義務付けられているが、災害時のために、二階以上にはバルコニーを付け、傾斜路で避難ができるようにする。

高齢者施設基準
  介護老人福祉施設 介護老人保健施設 介護療養型医療施設 同左認知症病棟
施設面積 18.00㎡/人以上
居室 4人室以下
10.65㎡/人以上 8㎡/人以上 6.4㎡/人以上 6.4㎡/人以上
食堂 3㎡/人以上 2㎡/人以上 1㎡/人以上 1㎡/人以上
機能訓練室 1㎡/人以上 40㎡以上 60㎡以上
デイルーム 2㎡/人以上
廊下幅 片廊下1.8m以上。中廊下2.7m以上
その他必要室 医療室 診察室
静養室 談話室
レクリエーション室

以上のように、高齢者介護施設には様々な施設が含まれる訳ですが、他方、本課題の注として「居宅サービスを行う施設及び居住施設で構成する建築物の計画とする。」と注記されていることにも留意する必要があります。上記の注記中の「居宅サービスを行う施設」としては、以下のようなものが挙げられます。

① 特別養護老人ホーム等で短期間、高齢者を預かり、介護するショートステイ(短期入所生活介護)
② 送迎バス等で通う高齢者に入浴、食事、リハビリ等のサービスを提供するデイサービス(日帰り介護)
③ 要介護高齢者のいる家庭を訪問して、介護・家事サービス等を支援するホームヘルパー(訪問介護)
④ 要介護者の在宅介護の指導・相談が在宅のままで受けられる在宅介護支援センター

また、上記の注記中の「居住施設」とは、要介護高齢者が介護を受けるために一定期間入居する施設のことで、代表的な例としては介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)が挙げられます。

なお、居宅サービスを行う施設を含む「居住施設」としては、施設の性格から、実施例からも、介護保険が適用されない施設や医療施設に属するものよりも、介護保険が適用される施設、寮である介護老人福祉施設や介護老人保健施設がふさわしい施設であると考えられます。

要求図書としては、以上から、配置図兼1階平面図、2階平面図、長期宿泊部門としての基準階平面図が要求される可能性が高いと考えられます。)

但し、一方で、今年の課題では、従前の課題に比して、わざわざ様々な施設の総称としての「高齢者介護施設」としていることから、居住施設としてもう少し幅広く考えておくことの必要性も否定できないと考えられます

(3)本課題の出題傾向について

平成21年に一級建築士試験の内容の見直しが公表されて以降、設計製図試験においては、従前に比して、例えば設計条件に全ての事項が記載されるのではなく、一部は受験者自身が考える(所要室の面積が示されるのではなく、特記により受験者が適切な面積を考える等)いわばやや提案型ともいえるものになってきたことや受験者の裁量余地の多い設計条件(敷地の2面に接する道路の幅員が同一の場合、どちらをメインアクセスとするか等)、いわば自由度の高い設計条件等の近年の傾向は、本年の課題においても踏襲される可能性は高いと考えられます。

また、昨年の課題(美術館の分館)と一昨年の課題(健康づくりのためのスポーツ施設)では、単一の敷地に単一の建物の計画を考えるのではなく、敷地に隣接する関連施設等との関連をも考慮に入れて、課題の建物の計画をするという従来の出題傾向に比して、全く新傾向ともいえる課題が出題されました。

本年の課題では、建物の性格からもこのような出題傾向が必ずしも踏襲されるとは考えられませんが、一方で、従来の枠を超えたともいえるこのような出題傾向が全く途切れることも不自然のように考えられます。

この点、本課題の「建築物の計画に当たっての留意事項」として、本来、設計では当然のことである「敷地の周辺環境に配慮して計画する」とわざわざ記載されていることは、計画上、重要な要素となる条件が敷地周辺の環境に含まれている可能性もあると推測されます。

また、同じく留意事項として記載されているバリアフリー、省エネルギーは、課題建築物の性格や近年の社会状況からも当然のことと考えられますが、同時に記載されているセキュリティについては、昨今のこの種の施設において生じた悲惨な事件や大災害における避難上の問題についても考慮に入れるべきこととして記載している可能性も高く、見過ごせない留意点であると考えることができます。

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