(本欄は、当会の建築士講座講師が適宜分担して執筆し、当会建築士講座監修者(元国土交通省室長)が総合監修します。)
(令和6年度 第16回)令和6年2月22日
耐震改修に関する施工の問題
前回では、ストックの時代の到来による良質な社会資産の形成に向けた修繕、改修についての実例を近年、試験の出題頻度としても増加の傾向にある施工の問題を通して考えてみましたが、今回は良質な社会資産の形成に向けた耐震改修に関する施工の問題について考えてみることとします。
【問題1】鉄筋コンクリート造の既存建築物の耐震改修工事等に関する次の記述のうち、最も不適当なものはどれか。
- コンクリートの中性化深さの測定において、コンクリートの断面にフェノールフタレイン溶液を噴霧して、赤紫色に変色しない範囲を、中性化した部分と判断した。
- 鉄筋コンクリート造の耐力壁の増設工事において、増設壁の鉄筋の既存柱への定着については、既存柱を斫(はつ)って露出させた柱主筋に増設壁の鉄筋の端部を135度に折り曲げたフックをかけた。
- 炭素繊維シートによる独立した角柱の補強工事において、シートの水平方向のラップ位置については、構造的な弱点をなくすため、柱の同一箇所、同一面とした。
- 溶接金網による柱のRC巻き立て補強において、流込み工法によってコンクリートを打ち込み、打込み高さ1m程度ごとに十分に締固めを行った。
この問題は平成21年度の耐震改修に係わる一級建築士施工の問題ですが、一部に直接耐震改修に関係のない修繕、改修についての設問も含まれています。
設問1はコンクリートの経年により、本来鉄筋の防錆の役割を有するコンクリートのアルカリ性が中性化していく現象を問うもので、設問1の記述内容は正です。
また、設問2は耐力壁の増設工事と設問4は柱の溶接金網巻き工法による補強工事の施工法について問うものですが、設問2,4ともに正です。
設問3は、特に柱の靭性を増し、脆性破壊の防止に効果のある炭素繊維シート巻きによる補強では、ラップ位置が同一箇所、同一面に集中すると構造上の弱点となるため、ラップ位置は、柱の各面に分散させることが原則であることにより、設問3は誤りです。
【問題2】耐震改修工事に関する記述のうち、最も不適当なものはどれか。
- 鉄筋コンクリート造の耐力壁の増設工事において、既存梁と接合する新設壁へのコンクリートの打込みを圧入工法で行うに当たり、型枠上部に設けたオーバーフロー管の流出先の高さについては、既存梁の下端から10cm高い位置とした。
- 柱補強工事の溶接金網巻き工法において、流込み工法によってコンクリートを打込み、打込み高さ1m程度ごとに十分に締固めを行った。
- 既存の柱と壁との接合部に耐震スリットを新設する工事において、既存の壁の切断に用いる機器を固定する「あと施工アンカー」については、垂れ壁や腰壁への打込みを避け、柱や梁に打ち込んだ。
- 柱補強工事の連続繊維補強工法において、連続繊維シートの貼付けは、貼り付けた連続繊維シートの上面に、下塗りの含浸接着樹脂がにじみ出るのを確認してから、上塗りの含浸接着樹脂をローラーで塗布した。
この問題は、平成25年度一級建築士の耐震改修に係わる施工の問題ですが、設問の一部には、耐震計画についての構造計画の知識を要するものも含まれています。
設問1,2,4は施工法そのものについての知識を問うものでいずれも正ですが、設問3は鉄筋コンクリート造の建築物において柱と同一構面内に垂れ壁や腰壁がある場合には、柱は実質上短柱となり、せん断力による脆性的な破壊が生じやすくなるため、既存の柱と垂れ壁や腰壁の間にスリットを設けることにより柱が短柱となることを避け、耐震性を向上させようとするものです。
この場合に、直接、耐震性に関係する柱や梁への「あと施工アンカー」等の打ち込みは避けるのが原則ですので、設問3は誤りです。
耐震改修は、申すまでもなく、現行耐震基準に適合しないこと等により耐震性に問題のある建物を改修して、耐震性を向上させようとするものですが、従前であれば耐震性に問題のある建物は壊して、建て替える事例も多かったものを、耐震改修により当該建物を再利用していく、リノベーションによる良質の社会資本の蓄積の一環であるとも考えることができ、現在の社会状況を反映した問題として出題頻度も高くなっていくことが予想されます。
なお、耐震改修に関する施工上の問題では、単に施工の技術上の知識だけではなく、耐震改修に係わる構造理論に関する知識を要するものもあることに留意し、構造計画と関連した学習をしておく必要があります。
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